|
マーラーを得意とする指揮者を“ブルックナー指揮者”とは認めたくない・・と思いませんか? 本日は、昨日、ヴァントの振るブルックナーの交響曲第9番の演奏を聴いた後、ふと思ったことを書きたいと思います。 現代の指揮者(古楽器系は除く)にとって、マーラーの交響曲諸曲は、指揮者となったからには挑まざるを得ない、そう登山にたとえればエベレスト=チョモランマのような存在なのかもしれません。だから、マーラー受容時代(1960年代)を経た現代において“マーラー指揮者”という言葉はほとんど使うことが少なくなったように思います。 しかし、一方、“ブルックナー指揮者”という言葉は、いまだある程度通用するのではないでしょうか?もしかしたら、宇野功芳先生の読みものからの刷り込みが強烈だったのかもしれないですけれど。 で、冒頭にもどるわけですが、その『“ブルックナー指揮者”といわれている人には、マーラーが得意でいて欲しくない。』という気持ちは、分かっていただけませんかねえ? “マーラーが振れる”というのは、いわば、指揮者としての“テクニック(指揮の振り方、オーケストラの鍛え方等)”がすぐれているというのが絶対必要条件になります。そして、逆に言えば、“テクニック”がすぐれていれば、そこそこの感動的な演奏になるように、マーラーは交響曲を書いています。 一方、ブルックナーの交響曲は、朴訥で一途、とてつもなく大きな岩山か古代の神殿のようなもので、かなり無愛想です。また、古典派、ロマン派といった枠からはみでた孤高の位置を確立していて、彼の交響曲は比類がなく、ちょっと“似たようなもの”すら古今東西書かれていないのです。その交響曲にいどむには、“テクニック”ではなく、ひたすらな献身的努力しかないと思うのです。 そのようなことを踏まえ、私的な基準でブルックナー指揮者を並べてみました。 クナッパーツブッシュ、フルトヴェングラー(異論もありましょうが。)、カラヤン(さらに異論もありましょうが)、マタチッチ、ヨッフム、朝比奈、チェリビダッケ、ヴァント、スクロヴァチェフスキ、ティントナー、宇野功芳(?) (シューリヒトやジュリーニ、クレンペラーが入っていない?いやあ彼らはブルックナーの大名演を残していますが、マーラーも結構振っているし、クレンペラーにいたってはマーラーの弟子ですからね。ちなみにジュリーニは私の中では“ブラームス指揮者”です。) カラヤン、チェリビダッケ、ヴァントなどについては、テクニックがありすぎるので、ちょっと違うかというご意見もありましょうが、それはまた、別の機会があれば、書きたいと思います。 みなさんはどう思われますか? もし、私の書いたことがお気に召したり、お役に立てたりできたのであれば、3つのランキング↓に参加していますので、クリックいただければ幸いです。 人気blogランキングへ にほんブログ村 クラシックブログ 音楽ブログランキングへ |
| << 前記事(2008/03/13) | トップへ | 後記事(2008/03/20)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
Anton Bruckner
ブルックナーの交響曲第9番を聞いて感じること、彼の人となりを随筆ブログに投稿 ...続きを見る |
《線香花火》 2008/04/20 09:23 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
garjyuさま こんにちは |
rudolf2006 2008/03/14 15:09 |
rudolf2006さん、コメントありがとうございます。 |
garjyu 2008/03/14 20:34 |
garjyuさん |
アルトゥール 2008/03/15 10:31 |
アルトゥールさん、コメントありがとうございました。 |
garjyu 2008/03/15 12:57 |
アルトゥールさん、私“嘘”をついておりました。さっき、CDラックを探したら、バレンボイム指揮、シカゴ交響楽団(旧盤)との第0番が出てまいりました。カップリングの《ヘルゴランド》目当てで買ったCDだったような・・。ちゃんと聴いていないから印象なかったんです。 |
garjyu 2008/03/15 21:01 |
| << 前記事(2008/03/13) | トップへ | 後記事(2008/03/20)>> |