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zoom RSS 大宇宙の鳴動が聞こえないか。ブルックナー 交響曲第9番 / カラヤン ベルリンフィル(1975年)

<<   作成日時 : 2010/12/16 00:24   >>

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これは、私のブルックナー体験の原点にして、9番の刷り込み盤です。ゆえに、テンポやフレージングなどはこれに馴染んでしまっています。しかし、それを割り引いても、もの凄い演奏がされていることを、今回再聴し、確信しました。

画像


・ブルックナー:交響曲第9番ニ短調

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヘルベルト・フォン・カラヤン

1975年9月 ベルリン、フィルハーモニー


年末だから第九を聴かなきゃね!
よし、第九のCDはと・・。あったあった。
CDプレーヤーにセット、スタートっ。
始まりは弦のトレモロで静かに始まるんだよね。
あれ、ホルンが入ってくるの早くないかな。おかしいなあ。

・・これ、ブルックナーの9番じゃないか!(わざとらしいでしょ。)


ブルックナーの交響曲の中でも、この第9番は、図抜けてスケールが大きく、内容が深く、美しく、そして恐ろしい音楽であろうと、私は思っています。ブルックナー全作品というだけでなく、クラシック音楽の全歴史の中でも、こんな音楽は他にはないんではないかと。
ゆえに、めったに聴くことがありません。聴いたら聴いたで、感動は必至なのですが、それ以上に、聴きとおした後の精神的な疲労は、とても大きいのです。

また、生でも、CDでも、いわゆる一流以上の指揮者が振った演奏であれば、一応以上の感動を得られる“名曲”ではあるのですが、聴き終えるたびに、『この曲のポテンシャルは、こんなものではない。もっともっと凄い、天国にいざなわれるような、いや地獄につれさられるような演奏が出来るのに違いない・・。』なんてことも考えさせられたりします。
そんな中でも、現在のところの究極の演奏として、ヴァントが指揮したミュンヘンフィルとのCDをあげることは吝かではない・・なんて思ってはいました。しかし、実のところ、同曲異演のCD、DVDは、そこそこ集めていても、聴き比べなんて、大それたこと慣行をしたこともなく、いつも心の中で、理想の名演が流れているだけだったりします。

今回、この曲をCDトレイにのせる(というかipodに入れたんですけれど)のは2年以上ぶりかもしれません。
しかも、私が、最初に聴いたブルックナー、LPで鳥の羽の写真が印象的だったカラヤン盤。
当時、小学6年生だった私、ベートーヴェン、モーツアルトを主に聴いてきて、ブラームスもワーグナーもほとんどまともに知らなかったところに持ってきて、このブルックナーの9番です。メロディというかフレーズの単位、曲全体の構成のスケールが違いすぎ、文脈を捉えるのに難渋したような記憶があります。『これが、同じクラシック音楽の仲間なのだろうか。』と。
しかし、それでも、これは途轍もなく凄いエネルギーを持ったものだということは、一聴で分かりました。それを味わうがためにこのLPを聴きまくったのです。そして、ブルックナーの、いやこの9番の交響曲の虜になりました(実は、その後、同じカラヤン/ベルリンフィル4番のLPを手に入れたのですが、こちらの方にははまらなかったのですね。4番が好きになったのは、その後 ベーム /ウィーンフィル盤を聴いてからでした。)。

そんなカラヤン盤、CDで手に入れていましたが、これまで、1回聴いたくらいだったかな。それも、あまり集中していなかったような記憶があります。
ざっと流し聴きし、『このテンポ、フレージング、やっぱり、こうでなくてはなあ。よしよし、今度、ゆっくり、気分ののったときに聴きなおそう。』なんてことを思ったんではなかったかと。
そして今日、これを、まっとうに、相当久しぶりに聴きなおしたわけです。


・刷り込み盤ゆえ贔屓してしまうということはあるかもしれないが、アーティキュレーションというかフレージングというか、私は、この盤のカラヤンのものが、一番しっくりくる。テンポもしかり。
第1楽章の天体が大きな軌道で公転するようなさまや、第2楽章の悪魔達の進軍から、妖精の蠢くような様子。第3楽章の深い、しかし遅すぎない呼吸。
あまり、他と比べるのは得意ではないが、表面上の事象(フレージング・テンポ・ディーナミーク等)だけ捉えるのであれば、ヴァント、チェリビダッケ、シューリヒトなどのいかなる名演・名盤よりも、この曲の欲しているそれに合致しているように思える。

・オーケストラの音も素晴らしい。ある意味、人間味のない、録音ならではの細工のなされた人工的な世界のものだと言われかねないような、どこから響いてくるのか分からないような音場とエコー。がゆえに、途方もないスケールを要求する、この曲にあっているのではないかと思う。

・『カラヤンの欲する“音”は、“音響”としては素晴らしいが、“音楽”としてはなっていない。ppのなんて無機的に聴こえることか・・。』などいうことを、私の尊敬するある評論家は、いろいろなところで書いていた。
ここでのppのさまざまなフレーズに心がこもっていないなどと、私には到底思えない。オーケストラ一人一人のメンバーがすばらしく神経の行き届いた演奏をしている。

・しかし、なんて、凄い(ブルックナーの)音楽、凄い(カラヤン / ベルリンフィル)演奏なのだろう。
いや、ブルックナーでも、この9番に匹敵するものは、最後の最期にしか書けなかったわけだし、カラヤンも、この曲だから、しかも、特に調子の良いときにしか出来なかった演奏であろう。

・今回、このCDを聴いて、
『この曲のポテンシャルは、こんなものではない。もっともっと凄い、天国にいざなわれるような、いや地獄につれさられるような演奏が出来るのに違いない・・。』
ということを思う余裕はなかった。この演奏に打ちのめされたと言っても良い。もう、しばらく、この曲を聴かなくても良いというくらいに・・。
他の人たちには受け入れがたいかもしれないが、今の今、私の9番ベストはこのカラヤン盤であると言っておこう。


ブルックナー 交響曲第9番 / カラヤン ベルリンフィル(1975年録音)@HMV

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