ペルト アルボス《樹》/ ヒリアード・アンサンブル、ギドン・クレーメル他

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このCDは、いわゆる“ジャケ買い”だったのです。

まず、そのジャケットですが、真っ黒の色画用紙の上から1/4のあたりに大きく“ARBOS”と書いてあるにもかかわらず、これが、ダークグリーンで、あえて背景の黒に混じって見えにくくしているというようなあつらえのうえ、色画用紙ゆえインクののり難いところで、白く慎ましやかに、上に作曲者の名前、下1/2は同じく白で“The Hilliard Ensemble”以下演奏者の名前が並んでいます。
こんなジャケット他に見たことありません。(しいて言えば、BISレーベルは黒を基調としているところで似ていますが、むしろビートルズのホワイトアルバムの反対と言った方が良いでしょうか・・。)
「このセンスのジャケットで中身が悪いわけはない。」それまでの長年のCD購入の経験からピピっと来たわけです。(この“ピピっ”というのが、あまりあたらないことも多いことは、この際不問にしておいて・・。)

最初の曲“アルボス《樹》”はこのアルバムをはじめるにあたってのファンファーレといった役割なのでしょうか。金管アンサンブルで奏され、同じメロディの繰り返し(3層のスピードの違うサイクルが
循環している。)が曲を構成しているのですが、いわゆるミニマル音楽とは何か違う、厳かな雰囲気と憂いをもっています。
とはいえ、これ以外の曲は、深淵を覗き込むような、そして何者も鎮静させてしまうような音楽ばかりなので、それでも対比として華やかではあり、最後の大曲“スターバト・マーテル”の前にも、再度収録されて、アルバムの統一感というか、バランスを取っているように思われます。

2曲目の“私たちはバビロンの川のほとりに座し、涙した”以降、いよいよヒリアードアンサンブルやクレーメルの演奏でペルトの静謐な世界がはじまるのですが、いわゆる、ここには“現代音楽”の難解さはなく、限られた音数の静かなメロディ(決して流れるような旋律線があるわけではないのですが)と美しいハーモニーが歌われていきます。
このシンプルな表現方法で、宗教的な厳かさと、はまってしまったら抜け出れないような美しさ(表現は悪いですが、それは麻薬的といっても良いかもしれません。)とを実現させているペルトというのは凄いです。

彼は、もともと、ソビエト連邦下のエストニアに生まれ、社会主義リアリズムの音楽から、西側亡命後、厳格な十二音音楽まで書くようになったのですが、1967年に東方教会の単旋聖歌を聴き、シンプルな“祈りとしての音楽”を書くようにいたったとのことです。。彼自身は、この音を極限まで切り詰めた“祈りとしての音楽”を“ティンティナブリ(“鈴鳴らし”)の様式”と呼んでいます。
それは、単旋聖歌風の自由でシンプルな音の組み合わせを、ほとんど同じリズムで、はてしなく反復していく技法です。
(ライナーノートより)

CDはオルガンのソロ曲“パリ・インテルヴァロ”、男声低音が印象的な“デ・プロフンディス”と続きます。
“何年もまえのことだった”は、弦とアルトの絡み合いが聴くものを異次元に誘うような美しさをもっています。
ア・カペラの“スンマ”、再び“アルボス”、そして、最後に置かれた大曲(といっても23分くらいのものですが。)“スターバト・マーテルがこのCDの白眉です。静かな弦のすすり泣きから始まり、2分過ぎくらいにソプラノ、カウンターテノール、テノールの歌が入ってくるところで、その美しさにまず一泣きします。弦合奏のアレグロの音楽も間にはさみ変化をつけることによって、長丁場ですが、時間を忘れさせてしまいます。最後、コーダといえるのでしょうか。グレゴリオ聖歌風の斉唱から、弦のからみ、ソプラノ、カウンターテノール、テノールと引き継がれて、弦だけの死に絶えるような曲の終始から数分たって、ふと我に返り、涙が頬をつたっているのを感じます。

現代に、こんなシンプルにして、深淵で、美しい音楽があるんだというが衝撃で、ペルトにはまって、出るCDはどんどん買っていくということになったうえ、初めてヒリアードアンサンブルの名前を知り、そこから、中世・ルネサンス声楽曲を遡って聴くようにもなってしまいました。
ECMというモダン・ジャズのレーベルを知ったのもこのCDによるものでした。

また、ここで、クレーメルのヴァイオリンの凄さも、改めて気づかされました。
彼は、デビュー当時から、天才・鬼才と騒がれていましたが、レコードやCDで、いわゆるクラシック、ロマン派の曲を聴いても、私にはなかなかピンと来ず、煮え切らない感じの演奏をする人だと勝手に思っていたのですが、ヴィブラートを排し、ppでこんなに心にせまる音楽を奏でられる彼は、心の中に、見た目は静かだけれど触れば火傷を免れられない青白い炎を燃やし続けているに違いないと思い至ったのです。(歌おうと思えば歌える歌もあり、ひけらかそうと思えばひけらかせる技巧をもちながら、あえてそれを見せようとしない、爪をかくした高貴な白鷹というような勝手なイメージをもちました。いつか書くことになるかと思いますが、その後、聴いたアファナシエフとのブラームスのヴァイオリン・ソナタで、その思いは“確信”となりました。)

いずれにしても、これらの音楽で、ペルトとこの演奏家たちは、現代の音楽と中世音楽を直接つないで、しかも違和感ない美しいアーチをつくりあげています。

世界中の皆に聴いて欲しい。世の中全ての人がこんな美しい音楽を聴いていたら、戦争なんかなくなってしまうに違いないと思わせる“絶対推薦”の1枚です。


ECM POCC-1512

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