シューベルト 交響曲第9番《ザ・グレート》/ ジュリーニ シカゴ交響楽団

ジュリーニ&シカゴ響のコンビだからこそ成しえた、偉大な交響曲の真に偉大な演奏。

昨晩も書きましたが、ジュリーニとシカゴ響の共演によるアルバムにひとつの駄作もありません。その中でも、色々な作曲家の第9交響曲(各作曲家の9番目の交響曲)の録音をした企画は、ジュリーニ本人が言い出したのか、楽団からの要請か、レコードプロデューサーの思惑か分かりませんが、すべてがそれぞれの曲の“デフォルト”となりえるような“知情意”のバランスが取れた名演揃いといえるでしょう。
しかし、それらの中で、この《ザ・グレート》の演奏、名演には違いありませんが、もしかしたら超個性的なものかもしれません。私はこの曲の初体験がこの演奏だったので、これが一つの尺度(私の“デフォルト”)になってしまっています。

第1楽章のホルンの音から引き込まれます。少し速めのはずなのに、むしろ落ち着いた恰幅をもった序奏。そして、それはまた輝かしい歌に満ちています。金管の音もピカピカ光っているのに少しも浮ついた感じはありません。
そして、主部に入るまでの高揚。普通(他のほとんどの演奏で)は、クレッシェンドと同時にスピードも上げていって、主部のテンポは一段階速くするところを、ほとんど序奏とテンポを変えることなく堂々としたテンポで突き進んでいきます。これが交響曲の第1楽章の一番大事なところで行われているということで、個性的といわずになんと言えば良いのでしょうか。上述したとおり、私は、この曲の初体験がこの演奏だったため、他の演奏のテンポが速すぎて、皆せせこましく聴こえてしまうということになってしまいました。これは幸か不幸か・・?
後はほとんどインテンポで進んでいくのですが、それぞれのフレーズが気品のある歌、ひとつひとつが筋肉質の音、それが合わさって充実した響きが、鑑賞する者に、充実した時間を約束してくれます。
最後のコーダでテンポを落として踏ん張るところ、これも、テンポとしては重いのですが、粘りというか“腰が入っている”ため、緩んだ感じは全くなく、むしろ聴き所となっています。

第2楽章、弦の序奏に続くオーボエのヒョウキンなような、哀しいような旋律から始まるこの楽章。淡々としているようで、裏の旋律や伴奏の音(とくに弦)まで歌わせようとしているジュリーニ。それに答えるシカゴの強者たち。そして生まれる充実した響き。
中間部の幸せな旋律の弦の調べに、改めて、シカゴ響が金管のパワーだけのオケではないということを思い知らされるでしょう。

第3楽章、ここでは、シカゴ響のパワーが炸裂しています。後半の2楽章は単調な音型が繰り返されるため、下手な演奏で聴くと、曲全体として、竜頭蛇尾になりがちですが、ここでは、全体の音の重心がしっかりして、しかも高音から低音まで良く鳴っており、裏の旋律や伴奏の歌の具合も程よく、この上もなくカッコ良く・・、もう賛辞の言葉が見つかりません。

第4楽章、第3楽章でいったことがそのまま当て嵌まります。設計が悪いと、ここまで築いてきた大伽藍が、途中で緊張の糸が途切れることによって崩れさり、最後の聴後感がイマいち・・ということになるところですが、この演奏ではそんなことは全くありません。一つ一つの音が躍動しているからでしょうか。シカゴの黄金のブラス、兎に角カッコ良いです。

今回聴きなおしても、やはり素晴らしい演奏でした。
聴いた後の充実感、満足感。これらはいわゆる名盤にだけあるものです。
個性的な演奏なのかも?しれませんが、やはり私にとっては、最後に帰っていくべき、この曲のベスト盤に違いありません。

シューベルト 交響曲第9番《ザ・グレート》/ ジュリーニ シカゴ交響楽団@HMV


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この記事へのコメント

吉田
2006年12月03日 22:12
このジュリーニ盤、第1楽章の第1主題が登場するところが、たまらなくいいですね。その後は、ゆったりとしたテンポで堂々と鳴らせきってしまいます。
シカゴのやや金属的な響きも、ジュリーニの遅さと相俟って効果的になっているようです。
rudolf2006
2006年12月04日 05:16
私も、吉田さんと同意見です。
1楽章の主部に入るところを、あれを聴いてしまうと、他のが聴けなくなってしまうような演奏だと思います。凄い演奏ですよね。
あのテヌートは凄いです。
2006年12月04日 22:47
吉田さん、rudolf2006さん、
お二人ともこの演奏の信奉者であるのはとてもうれしいです。
第1楽章、これを聴くと他のが聴けなくなっちゃうのは本当です。

garjyu

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